モルドバという国をご存じですか?ヨーロッパの東端、黒海の北西に位置し、ウクライナとルーマニアに挟まれた小国、九州全体より少し小さめの国土に400万人程度が暮らしている農業国です。
南北に流れる2つの大河に挟まれた国土は概ねゆるやかな丘陵地で、肥沃な黒土に恵まれ、伝統的に農業をその経済基盤としてきました。
地政学的に重要な位置にあるため、19世紀頃はロシア帝国とオスマン帝国に蹂躙され、ロシア革命後1991年までは旧ソ連邦下にあり、ルーマニアとソ連との領土をめぐる確執の中で振り回されてきました。
このため多くの民族がこの土地を通り過ぎ、国民はモルドバ語(ルーマニア語と同系統)を話すラテン系の民族が主であるものの、他にロシア系、ウクライナ系、トルコ系、ブルガリア系等の多民族から構成されています。
特にドニエストル川東岸地区に住むロシア系住民はモルドバからの分離独立を宣言し、現在もロシア軍一個師団が駐留する係争地となっています。このような混乱した政治状況の中で同国の経済インフラの整備は遅々として進まず、現在100万人近いともいわれる出稼ぎ者が欧州やCIS諸国から送金する外貨収入が国の経済の下支えをしていると言われています。
技術を身につけた労働者の海外流出が増え国内の技術力の低下が叫ばれる事態に対処するため、基幹産業である農業分野での人材育成を拡充強化する、それがこのプロジェクトの目標です。
首都キシナウ市は人口80万人程度、丘陵とその谷間に開けた静かな町で、その中心部から車で10分程の所に国立農業機械化訓練センターは位置しています。基本設計調査団が初めてこのセンターを訪問した2007年2月には自国負担の建物がほぼ完成していました。
他の途上国の場合、無償資金協力で調達された機材が現場に到着するぎりぎりまで自国側で負担する建築工事が完工しないのが当たり前という「業界常識」に反して、モルドバの、というよりは今回の実施機関である農業食品産業省PIU(プロジェクト実施ユニット)のマネジメント能力の高さに、正直驚きました。
我々のカウンターパートは元農業副大臣で、英語を完璧に話し、市場経済システムを十分に理解する人物でした。つまり、我々はあまり苦労することなく調査を完了できた、ということです。
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新築された農業機械化訓練センター前での2KR引渡式 (大統領、農業食品産業大臣、日本大使他が出席) |
こんな仕事は初めてでした。カウンターパート、名前をブマコフ氏と言います。
もともとキシナウ市内の国立農業大学農業機械学部長を務めた教授で、現在も非常勤の講師をしており、かつて東ティモールの国連監視団職員も務めた、官・学・国際機関の経験を有する人物です。
同氏はまた、日本の貧困農民支援(2KR)無償の担当者でもあり、これまで7次に亘る2KRとその見返資金・回転資金を活用して全国に3,000台近い農業機械を販売・普及させていますが、その透明性と自立性の高いマネジメントは日本側の関係者からも高い評価を得ています。
ブマコフ氏は生粋の自由主義者で、他方、現在のモルドバの政権与党は近年CIS諸国では珍しくなった共産党であり、彼はその政策には事あるごとに反対の立場をとっていますが、政権側は彼の経歴からある程度その人物を評価していて、現大統領のボローニン氏などは2KRの農業機械引渡式の機会を利用して既に同センターを数回訪問し、構内を視察しています。
本件はこのように同国でも注目度の高いプロジェクトであると言えます。
さて、話は変わって、モルドバの自慢は何と言ってもワイン。
この国の主要輸出品であり、国民の生活には欠かせない飲み物で、地方部でも都市部でも、自前のワイナリーを持つ家庭が多いようです。ブマコフ氏の自宅にも地下にワイナリーがあり、ビンテージもののワインが所狭しと並べられています。
なんでも、郊外の農家とブドウの栽培契約を結び、毎年自家用ワインを醸造しているのだとか。各家庭それぞれにワインの味も異なるようで、おらがワインの自慢話は尽きません。モルドバには国営の大規模ワイナリーが2か所あり、その『ワイン・ロード』を我々も案内してもらいました。
いずれも数十キロに及ぶ地下道(元防空壕)の一部を改装した貯蔵所で、うち1か所には世界最多といわれる150万本のワインが貯蔵され、ギネス記録の証明書が壁に貼られていました。もちろん我々もそこでテイスティングを楽しみました。
正に、至福の時です。こんな優雅な調査もたまにはあっても良いものです。因みに、モルドバ産のワインは日本でも買えるようです。「長旅のワインは、あまり・・・・・」とも言われますが、モルドバ・ワインはちょっと違うかもしれません。試しに一度飲んでみてはいかがでしょうか。
肝心のプロジェクトですが、現在は日本商社が機材の調達を行っており、2008年7月から12月にかけて農業機械やワークショップ用機械が逐次納入される予定です。
先方負担の建物が完成して1年半経ってからようやく日本の協力による機材が入るということに、多少申し訳ない気持ちが湧いてきます。援助プロセスの短縮等の制度改善、それが今後の課題と言えます。
(志賀 渉)
2007年2月〜2007年9月実施