プロジェクトリポート

フィリピン国「全国産業クラスター能力向上プロジェクト(2012年2月~2015年3月)」

フィリピンで2012年から2015年3月まで実施した、「産業クラスター」をキーとする産業振興プロジェクトについて紹介します。

「産業クラスター」とは、特定産業分野の関連企業、周辺産業、研究機関などがある地域に集積している状態を指します。自動車組み立てを核とし金属加工、部品産業などが集積する自動車産業クラスター、製材、木工、木製・金属製部品産業などが集積する家具産業クラスターなどが分かりやすい例と言えます。

本プロジェクトでは、バナナ、酪農、マグロ加工品など農水関連産業のクラスター、コールセンターやソフト開発、アニメ産業などを含むIT産業クラスター、アバカなどの天然素材を使った手工芸品産業クラスター、観光産業クラスターなどフィリピン全国24のクラスターが対象となっています。

産業振興のクラスター・アプローチは、クラスター形成により得られるはずの、潜在的優位性を関係者の協力で引き出し産業強化に役立てる手法です。ユニコでは先にダバオ地域の8産業クラスターを対象に、同アプローチを進めるプロジェクトを実施し、同国政府よりODAのNational Best Practice 賞に選ばれるなど高い評価を受けました。本プロジェクトはその成果を全国に展開したものです。

ここでは24ある各クラスターで何が行われたかについて全てを取り上げることはできませんが、いくつかの例をお話ししましょう。

フィリピンはバナナの有数の輸出国で、輸出用カベンディッシュ種のバナナは大手企業だけでなく、小農による栽培も増えてきました。他方、バナナ産地では新パナマ病と呼ばれるカビによる病害が恐れられており、これが拡がるとバナナ産地全体が壊滅的打撃を受けます。大手企業は独自の技術者を持ちこうした病害に備えていますが、小農側は対応ができていません。そこで本クラスターでは当地の農業大学の先生がコアとなり、大企業の技術者をふくめたバナナ技術者のプールを作りました。このプールが病害対策に取り組んでおり、これは小農側が恩恵を受けるだけでなく、その拡大を懸念する大手企業側にとっても有用な活動と評価されています。

他の例では、ルソン島北部の地域の汽水を使ったミルクフィッシュ養殖は、味もよく当地の地名がミルクフィッシュ産地を代表するほど有名ですが、その他の産地のミルクフィッシュをその地名を騙って出荷する例が多く見られるようになっていました。そこで、当地の養殖業者、商工会議所、市政府、水産資源局などが協力し、定められた基準に沿って当地で養殖された魚に、当地産であることを証明するタグをつけ、そのブランドを守ることになりました。同時に、養殖池の衛生状態を維持するための周辺の川の浄化にも取り組んでいます。

マニラ麻の名前で昔から知られているアバカは、バッグ類やインテリア小物入れなどの手工芸品の原料としても多く使われ、コミュニティをベースとした手工芸品産業を支えています。しかし、そのアバカ自体は農家の裏庭的栽培に依存するところが多く、量、品質の安定性が確保しにくいのが現状です。そこでアバカ産業クラスターでは、アバカの商業的栽培を進めるプロジェクトを立ち上げ、地元の教会などの協力も得てその拡大を図っています。これは、自分たちの産業の質的向上のためにはその原材料供給側の強化が必要であるとの認識に基づくものです。

世界の競争力のある産業の多くがクラスターを形成していること、クラスターを形成することで質の高い原材料・部品供給や、労働力、関連サービスが得られることは従来より良く知られていて、これを産業振興のツールとして活用しようという動きは各地で見られますが、確立された手法はありませんでした。

私たちの手法は、クラスターの産官民関係者による協議、納得のもとで進めて行くことを前提に、(1) その産業クラスターの戦略が的確に引き出せること、(2) 実施プロセスを通じて、これまでお互いに知らなかった関係者も含め一体感の醸成にも役立つこと、(3) 一般的なマスタープランやロードマップではなく、使える予算、活用できる人的資源なども考えた実行可能な、効率的な実行計画に具体化すること、などを柱とするものです。

この手法について、本プロジェクトの終了時評価に参加された有識者の方は、「分析と計画のツールを分かりやすい形で提供し、そのツールをOJTにより指導し (指導専門家として一緒に考え)、実現に向けてはJICAの提供する少額資金を政府等の持つ予算を引き出す呼び水として使って、自律的推進が行われている」と指摘されています。

この手法の根底には、民間を中心とするクラスター関係者が当該産業にかかる専門的知見を持っているという産業クラスターの特長があります。実務を身をもって経験してきている民間を中心とする関係者に、講義や模擬演習にとどめず自分たちのビジネスを直接の対象として手法を適用することを進めるとともに、政府機関スタッフには、ともに参加する中で将来にわたってその推進の核となれる知識と経験を持たせるというのが組み立てです。

これらに対し、本プロジェクトの終了時評価を担当されたJICAの団長さんからは、その評価のしめくくりに当たり、「本プロジェクトは今までかつてない、実際の世界での具体的な効果をあらわしたプロジェクトである」との評価も頂いています。

他方、こうしてできた産業クラスターの組織は、その地の産業のソフトインフラとして、プロジェクト終了後も関係者により引き続き活動に活用され、当地産業の振興に役立てられることはもちろんですが、加えて、いろいろな政府機関やドナー機関が産業振興を支援する場合のより積極的な受け手 (プラットフォーム) としても期待できるようになっています。

コンサルティング事業本部
猪岡哲男

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