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ナチュラルチーズにみる柔軟性と多様性

私がフランスのパリに滞在していた頃、フランス人が如何に伝統を守り、大切にし、地域ごとのチーズ文化に誇りを持っているのかをよく耳にしていました。しかし、彼らの食文化を大切にする精神や本物の味を追求する姿勢に感銘を受けた半面、ある種の権威主義のようなものも感じていました。その後十数年が経ち、フランスの伝統的なナチュラルチーズの世界も時代の波を受けて変化が起きているという話を耳にしましたので、本稿ではこのナチュラルチーズの新しい動向についてご紹介します。

本題に入る前に少しチーズの基本的な知識について触れたいと思います。先ずチーズは、ナチュラルチーズとプロセスチーズの二つに大きく分かれます。ナチュラルチーズは動物のミルクに乳酸菌や凝乳酵素を加えて固め、水分を取り除いたものです。このナチュラルチーズを原料に乳化剤等を加えて加工し、保存性を高めたのがプロセスチーズです。果物でいうならば、ナチュラルチーズが生の桃で、プロセスチーズが缶詰の桃に例えられるかもしれません。日本ではまだまだプロセスチーズが主流ですが、チーズの本場ヨーロッパではチーズといえばナチュラルチーズを意味します。

ナチュラルチーズ


ナチュラルチーズの美味しさや多様性は風土とミルクによって生まれます。そのため牛、羊、山羊などの種類の違いもそうですが、これらの動物がどのような土地でどのような草を食んできたかということがミルクの味を決める決定的要素となります。

フランス・ロワール地方の山羊


ミルクにも大きく分けて生乳と殺菌乳の2種類があります。生乳で作られたチーズは、その原料となるミルクがいかなる保存処理も受けていないため、元々ミルクの中に存在していた微生物の働きにより、そのチーズが作られた風土独特の味わいを如何なく発揮します。一方、殺菌乳は低温の加熱処理によって人体に危険な菌の発生を防ぐことができるものの、チーズの製造・熟成期に有用な菌も同時に殺してしまうので、一般的には生乳で作られたチーズよりも風味が劣るといわれています。

生乳チーズの製造


生乳チーズの製造


チーズの本場フランスには、A.O.C(Appellation d'origine contrôlée)と呼ばれる品質保証制度があり、伝統的な製法で作られた質の高いチーズを広く一般の消費者に広めるのに一役買っています。AOCを取得するには、そのチーズが独自のテロワール(土地の性質)に属し、A.O.C委員会が定める厳しい基準を満たしていなくてはなりません。

さて前置きが長くなりましたが、このA.O.Cもここ数年EUの農業生産物への厳格な衛生規定との調整を余儀なくされています。つまり、チーズは味だけでなく安全性についても厳格な基準を満たすことが求められるようになってきているのです。こうした時代の要請に応えるため、フランスのA.O.Cチーズを管理しその生産を高め、発展させるための後ろ盾となっているINAO(L'Institut national de l'origine et de la qualité)は、一部のA.O.Cチーズについては生乳の代わりに殺菌乳で製造することもできるという決定を下しました。これは食文化の伝統を重んじるフランスにおいては大変に大きな決断である一方で、これによりフランスの伝統チーズが世界各地に広く流通するようになりました。

日本で流通しているフランスの伝統チーズ


時代の要請が生乳を使った伝統的なチーズの世界に変化をもたらした結果、若い作り手たちにより殺菌乳を使った新しいチーズがどんどん生まれています。彼らは伝統的なチーズ作りを守ることばかりでなく、彼ら自身の独創的なアイデアを使ってユニークで自然の恵みにあふれる風味豊かで安全なチーズを作りだしているのです。
こうした柔軟性と多様性の話は、食文化の世界に留まらずODAの世界にも当てはまるのではないかと思います。ODAの世界でも日本の伝統的な技術支援の方法というものが存在している一方で、昨今の情報通信技術(ICT)の発展・浸透により支援の方法にも大きな変化が生まれてきています。また支援先の国・地域にも独自の社会文化的文脈というものが存在しており、そこで技術を移転するにはローカルの文脈に沿った調整が常に求められます。このように常に変化を続ける技術・手法や社会・文化に柔軟に対応することで、支援の方法も多種多様になっていき、これまで考えもしなかったアプローチが進化を続ける途上国にピタッとハマる可能性も十分にあるのではないかと思っています。

コンサルティング第一本部
作増 良介

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